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【読んだよ】悪いヤツほど出世する

悪いヤツほど出世する

悪いヤツほど出世する

もうちょっとタイトル考えたほうがいいのでは感があるが、まあキャッチーなことは大切ではある。

満足いく授業かどうか

受講者自身による満足度評価は、多くの大学や会議などでも頻繁に行われる。たとえば学生による授業評価は、何らかの評価方式を取り入れているビジネススクールの99%以上ですっかり定着している。だが最近行われた分析では、学生による評価と学習効果との間には統計的に有意な相関性は見られない、との結論が下された。「学習効果の計測が客観的であるほど、学生による評価との相関性は薄れる」という。「学生による教員ランキングと学習効果の間には有意な相関性はない」との結論に達している。

私もセミナーとかやって評価が気になりますが、悪くても大丈夫ということですね(そうじゃない)。気持ちいいことと役に立つことは違う。

自分にとって都合の悪いことは忘れがち

人間は、うまくいったことだけを覚えていて、自分のとって都合の悪いことは忘れがちである。リーダーにしてみれば、自分のすぐれた業績を覚えていてほしいし、よからぬ行動は忘れてほしいのがふつうである。自分のすぐれた業績を覚えていてほしいし、よからぬ行動は忘れてほしいのがふつうである。たとえ自分は覚えていても、公表するはずもない。本に書かれないのは、こうした次第である。 しかも人間には、自分をひいき目で見がちなだけでなく、過去の出来事を錯覚しやすいという傾向も備わっている。できるだけ正直に、できるだけ正確に思い出そうとしても、である。事故や犯罪の目撃者の証言がいかに信用できないかを立証する文献は、がっかりさせられるほど大量に存在する。過去を隠そうとか捏造しようといった意図がいっさいなくても記憶というものは誤りが多く、当てにならない。 そのうえリーダーとしての自分の体験を本に書き講演で話すとなれば、記憶の錯覚はいよいよ強固になる。何度も繰り返し自分にとっての真実を話すうちに、どれが真実で、どれが真実と思い込んでいるものなのか、もはや区別がつかなくなってしまうのである。

まあ自伝的なリーダー本は役には立たないですね。読んでて面白いかもしれませんが。

ミッションステートメント問題

崇拝され、聖人に祭り上げられたリーダーには、別の問題もある。自分のリーダーシップ能力に自身過剰になり、自分が口にしたことを、自分はすでに実行したと思い込むことだ。これとよく似た現象に、ロバート・サットンとの共同研究で取り上げたミッション・ステートメント問題がある。多くの企業を調査したところ、ミッション・ステートメントを決定し、オフィスの壁に貼り出したり、カードに印刷して配ったりすると、もうそれが実行されているように思い込んでしまうことが判明した。だがもちろん、そんなはずはない。何かを言うことと、それをすることは別物である。リーダーシップ教育産業で著名な講師やコンサルタントたちも同じ錯覚に陥っている。リーダーシップを研究し、講演し、指導しているうちに、自分が話していることをやったつもりになっている。

あったほうが忘れないと思いつつ、忘れちゃうようなものはミッションとなりえない気もする。何にしろ、やった気持ちになるというのはありそうな話。

事前調査を怠らない

たとえば、ある経験豊富で優秀なエグゼクティブ(仮にキャロルとしよう)は、サンフランシスコのとある人事コンサルティング会社の創業者兼CEOから直々にヘッドハントされた。このCEOはすばらしく頭がキレる魅力的な男で、話もうまく、クリエイティブで、組織改革やスキル開発について革新的なアイデアをたくさん持っている。あなたにぜひ事業拡大を手伝ってほしい……。キャロルはすっかりその気になって、転職した。ところがいざ働き始めてみると、このCEOはたしかにコンサルタントとしては辣腕で、クライアントに対するアドバイスは的確だが、彼自身の行動は全然違うことがわかる。約束を守らないし、本音と建前が違いすぎる。キャロルはすっかり愛想を尽かし、さっさと退職したのだが、雇用契約違反だとして訴えられる羽目に陥った。

これは本当あるあるだと思いますね。いわゆるダブルスタンダード。こういう人間にだけはならないでおこうと思うのですが、すぐに落ちる陥穽だと認識しています。自戒しよう。

自身過剰なほうが成功しやすい

こうした状況では、いわゆる「確証バイアス(confirmation bias)」が効力を発揮する。確証バイアスとは、自分の先入観や価値観や期待と一致する証拠のみを探す傾向のことで、社会心理学では古くから認められてきた概念である。要するに人間には、見たいものだけを見て聞きたいものだけを聞く傾向があるということだ。第一印象が長続きするのも、この確証バイアスで説明できる。最初に強い印象を受けると、それと一致しない情報は無視し、一致する情報だけを探したり、過大評価したりする。こうしたわけで、リーダーが強いオーラを発し、尊敬と信頼に値する人物だと印象付けてしまえば、周囲の人間は、その印象と一致する情報だけを探すようになる。

恋愛も似たようなものかもしれないですね。一目会って好き!となると良い部分だけを見るようになって関係が発展する。最初からイマイチだと、ずっと同じ環境に放り込まれるなどしてバイアスが解けない限り、関係が発展しない。

この時、もう1つのプロセスも進行している。あなたがリーダーに選ばれたいなら、最低でも、選ぶ側があなたの存在に気づいていなければならない。記憶に残らないような人間は、絶対に選ばれない。覚えていない人をどうして選べるだろうか。マーケティング戦略で単純接触効果が重要視されるのはこのためだ。人間は、見慣れているもの、よく知っているもの、記憶に残るものを選ぶのであり、これが広告効果を高めるイロハのイである。リーダーシップについても同じことが言える。人に知られていること、ブランドを確立すること、要するに目立つことは役に立つのである。

頭が痛いがこれを考えないわけにはいかない。存在を認知させるためには多少声が大きくないと(物理的な意味ではあまりなく)いけないだろう。第三者からの評価を聞かせることも有効だと思うので、社内だけでなく、大きな社外活動も良いだろう。

自分を売り込むには、謙虚さをかなぐり捨てて、自分の能力や過去の業績や未来の計画に人々を注目させ、自分はその地位にもその報酬にもふさわしい人間だと思わせなければならない。このことは、調査でも裏付けられている。採用面接では、自己宣伝は推薦状に劣らぬ効果を上げるという。考えてみれば、これは驚くには当たらない。自分を売り込む行為は自身があることの表れである。応募者が自身を醸し出せば面接官も信じたくなる。

私ももっと自信を無駄につけなくてはいけない。幼少時の全能感を取り出すべきか、本当に自分のストロングポイントを大きく見せるか。そういう意味では360度評価などで、自分の強みを客観視するのは良い機会だと思われる。私も心が抉られる面もあるが(笑)360度評価を見直してみるか。

「You can't handle the truth(お前は真実には耐えられない)」

よいニュースや感動的な物語だけを聞きたがり、権力者や組織を批判することを恐れ、多くの職場が抱える問題を直視しようとしない、こうした姿勢がリーダーシップ教育産業を繁盛させ、誠実で謙虚で部下思いのリーダーのハッピーな物語が語られるのである。彼らは、理想像に一致しないリーダーのことは語ろうとしない。理想のリーダーとそうでないリーダーの比率といったものも示されないし、リーダーがキャリアの最後にどうなったかというこも語られない。 真実に耐えられない世界では、真実に辿り着くことはできない。その結果、大勢の人が苦しむことになる。おめでたいハッピートークばかり聞いていたら、本書の冒頭で示した通り、職場の状況はいっこうに改善されない。真実を見つめ、その原因を理解しない限り、職場もリーダーも変わらないだろう。

「I want the truth!」 「You can't handle the truth!」

A Few Good Menの1場面。よくパロディで見る(笑)昔から真実を言うものは磔にされたり火あぶりにされたりした、ということで、理想のリーダー論を会社でぶちまけること、盲目的にそれを実践することは、ちょっと考えたほうがよいですよ、と。改革も地に足をつけながらしたほうがベターである。しかし、やるならドーンとやりたいですよね?(笑)ルサンチマンかもしれませんが。

タイトルで敬遠している人にもオススメ。自分がリーダーとしてどう実践するかを見つめ直すよい機会になると思います。本棚行き。